たまごライター 紗倉凜子

『小説家のたまご』公認、小説家を目指すたまごライター・紗倉凜子(さくらりんこ)のブログ。現役中学生。

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車窓より

   

休日のお昼前の山手線の車内の様子は、普段の通学時と代わり映えがしなかった。いつもより少し空いているかどうか、といったところだった。だが、車窓からの景色はそうではなかった。通学時とは反対方面に乗っていたからだろう。徐々に目を掠める緑が減って行くに連れ、青空の見える幅も狭くなって行く。若干の息苦しさを感じ始めた頃、ドアが開く。渋谷へ着いたのだ。
身体の中に入り込み、あたかも人の心を蝕んで行くかのような鬱々とした列車風に乱れた髪を整えようと背中に手をやると、毛先が指先をすり抜けてしまった。
今朝、髪を切って来たことを忘れていた。二十五センチほど切ってしまった髪は、後ろで一つに結ぶことが出来るかどうか、の長さしかなかった。行きつけの美容院のおばさんにも驚かれてしまい、幾度か、本当に切っても良いのかと確認を取られる羽目となった。一昨年、好きなバンドの女性ボーカルの髪型に憧れて、後ろ髪と同化して無くなっていた前髪をぱっつんにした時にも、訳知り顏で嬉しそうに、そして少女のように頷き、今日だけサービスだと言いってカットの料金でトリートメントまでしてくれた彼女も、今日は何も言わなかった。そして40分ほどかけて切り終えてから、大人の女性の顔で、随分軽くなったでしょう、と言った。私は彼女のこんな顔を初めて見た。そして、次に行く時にはまた、おばさんに少女の顔をさせてあげたい、と思った。
そんな事を考えている内に、入り組んだ渋谷の街を潜り抜けて人気の少ない路地に出る。吉本劇場で公演の客引きをしている人が見えたら、もうすぐそこだ。エレベーターでその建物の3階まで行けば、そこに彼が居る。私と同じ世界に、時代に、決して生きることの無い彼が居る。そして彼が陳列されている玉座に張り付き、愛しき彼の姿を探す。彼はマイナーな存在のため、ストラップはほとんど売れ残っている。私のために彼が待っていてくれたかのように。全て引き取ってあげたい衝動に駆られるが、学生という身分がそれを許さない。彼に心を捧げる事は出来たとしても、それが一方通行で無くなることはない。そして、勉学などを犠牲にまでして彼と共に居ようとする事は、社会での私を殺すことと同義だ。彼もそれは望まないだろうと自分に言い聞かせ、私は明日からも資本主義の手先であり続ける。いつか世界中の彼が私のものになるまで。
途方も無い空虚感に襲われて、大量のラバーストラップの形状をした彼と、売り切れ御免となった人気キャラの陳列棚を見比べる。すると、白い正方形の金属の網目の向こうに古い記憶の中の、かつての級友を見た。遠い北の地へ転居した筈の彼女の姿に、驚ろきと共に心臓が高鳴るのを明らかに感じた。彼女は彼女の”彼”を手に取り、次々とカゴに入れて行った。私はそんな彼女を呆然と眺めた。そこに居たのは私の知っていた級友ではなかった。まるで走っている電車の車窓からの景色のように、網目の向こうでの出来事は流れた。”彼”を自分の物にして、満足気な彼女と目が合った。その空間には沈黙と気まずさと戸惑い以外のものが全て堰き止められていた。
彼女の会計が終わり、私たちはプリクラを撮った。2人で出掛けたことは一度もなかったため、初めてのツーショットであった。だがしかし写真ではなく、プリクラ。そして私達は現像された。私達は今日に張り付けられた。私達の今日は終わらない。

 - コラム・エッセイ

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